2022年– date –
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「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(IIコリント5:17)
Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち77 このところ有名人の自死が相次いで報道されています。 人の心の内は、表向きでは分からないものです。 人はだれにでも悩み苦しみはあるものです。 大切なことは、その苦悩とどのように向き合うかです。 聖書は、「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です」とグッドニュース(福音)を伝えています。 「キリストのうちにある」(in Christ)とは、キリストを心に信じ受け入れ、キリストと共に生きることを意味します。 十字架の死と復活のキリストの内にこそ、新しいいのちの希望があるのです。 「すべてが新しく」とは、時とともに古く廃れる新しさではなく、日々更新される、湧き出る泉のような新し... -
終末の世にあって3 [聖書]哀歌3:19-33
実に、私たちは滅び失せなかった。主のあわれみが尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。あなたの真実は偉大です。哀歌三章二二節 終末の世にあって3 [聖書]哀歌3:19-33 ウクライナ・マリオポリの製鉄所の地下シェルターに今なお多くの民間人が避難し劣悪な状況に置かれています。 プーチン大統領がロシア軍に「ハエ一匹通らないようにせよ」と指示を出したことが報道されています。 まさに兵糧攻めです。戦争とは、人殺しによる悲惨と破滅で、行き着くところは自滅であることに気づいていないのです。 これが人間の愚かさであり、キリストの贖いを必要とする大きな罪なのです。 昨日土曜日まで通読していた哀歌は、南ユダ王国の滅亡とその惨劇を「ああ…」(1:1,2:1,4:... -
「あなたは、わたしに従いなさい。」(ヨハネ21:22)
Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち76 「あなたは、わたしに従いなさい。」(ヨハネ21:22) <”You must follow me”>これは、復活の主がペテロに言われたことばです。 三度、「あなたはわたしを愛しますか」と主に問われたペテロは、心を痛めて「私があなたを愛していることは、あなたはご存知です」と答えるのですが、ペテロの目に、主が愛された弟子のヨハネが見えたとき、ペテロは彼のことが気になり、主に向かって「この人はどうですか?」と問うのです。 すると主は、「あなたは、わたしに従いなさい」と厳しくペテロに言われました。 私の信仰生活の中でも、気づかないうちに他の人のことが気になり、自分はこれで良いのかと疑心暗鬼になり、落ち込むことがありま... -
終末の世にあって2 [聖書]マタイ24:27-36
天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。マタイ二四章三五節 終末の世にあって2 [聖書]マタイ24:27-36 ロシアのウクライナ軍事侵攻は、欧米諸国をも巻き込み、長期戦の様相を呈しています。 また不穏な動きを見せている北朝鮮も核弾頭ミサイルの開発に力を入れ、世界全体が戦争のために莫大な軍事費を投入し、世界の平和ではなく、世界の破滅へと向かっていることが、神のことばである聖書から覚えさせられています。 昨日の通読箇所は、詩篇121篇の「私の助けは主から来る」で有名な都上りの歌でした。 世が如何なる状況になろうとも、私たちキリスト者には主の助けがあります。 そして、私たちの交わりの中にこそ神の平和がある... -
「見よ。なんという幸せ、なんという楽しさだろう。兄弟たちが一つになって、ともに生きることは。」(詩篇133:1)
Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち75 「見よ。なんという幸せ、なんという楽しさだろう。兄弟たちが一つになって、ともに生きることは。」(詩篇133:1) <”How good and pleasant it is when God’s people live together in unity”> 未だ高止まりが続くコロナ禍にあって、先日、「青森県放送伝道協力会」の総会が対面で開催され、久しぶりに諸団体、諸教会の兄弟姉妹とお会いできました。 いつまでも若いと思っていた私も古希を迎え、大きく天国に前進しました。 そんな心理も働いたのか、懐かしいお顔を拝見して、すぐに詩篇133篇が心に浮かんだ。 みことばに生きる私たちは、キリストにある交わりと祈りの中にあってこそ、大きな慰めと力を得、主にあって一つ(... -
「ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにさせられています。」(2コリント4:16)
Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち74 「ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにさせられています。」(2コリント4:16) この度のイースター礼拝では、昨年の受難週に天に召された妻めぐみと先に天に召された教会員を偲び、合同記念礼拝とさせていただきました。 先人の信仰の生涯を覚えるとき、不思議と平安が与えられ、新しいいのちの希望がパァーッと青空が広がるように心いっぱいにみなぎってくるのです。 冒頭の聖句の「ですから」の文脈は、主をよみがえらせた父なる神が、私たちをもキリストとともによみがえらせ、御前に立たせてくださることを指しています。 いつまでも若いと思っていた私も数えで七十になり... -
福音の恵みによって [聖書]1テサロニケ5:9〜18
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。第一テサロニケ 五章十五節〜十八節 福音の恵みによって [聖書]1テサロニケ5:9〜18 本日は教会暦でイースターです。 今朝の礼拝では、先に天に召された兄弟姉妹を偲びつつ、記念礼拝とさせていただいております。 昨年の受難週にめぐみ姉が天に召され、ちょうど一周忌を迎えました。 あすなろ福音教会の教会員として天に召された方は、姉妹六名を数えます。 その他に、キリスト者として天に召された兄弟姉妹をも私たちは覚えさせていただいております。 主は、「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死ん... -
「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」(ヨハネ11:25)
Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち73 「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」(ヨハネ11:25) 今私たちは受難週を過ごしています。 世は、未だ続くコロナパンデミックと悲惨な戦争に憂いています。 尊いいのちが失われていく現実に「神さま…!」と叫びたくなります。 教会暦の受難週とは、王となり、救いの君と期待されたイエス・キリストが罪人とされ、抵抗することもなく、むち打たれ、人々に嘲られ、十字架上で手に釘を打たれ、わき腹を槍で突き刺されて処刑された出来事です。 全能の神の御子が抵抗することなく死んで葬られるのです。 世は今、悪と罪に満ちています。キリストが十字架刑に処せられた時代も現代と同じで... -
御手の助けによって [聖書]詩篇119:169-176
あなたの御手が私の助けとなりますように。まことに、私はあなたの戒めを選びました。詩篇一一九篇一七三節 御手の助けによって [聖書]詩篇119:169-176 教会暦では、本日から受難週に入ります。 昨年と比べると二週間ほど遅れて17日にイースターを迎えます。 めぐみ姉は、昨年の受難週の受難日の朝に天に召されました。 私にとって、昨年の受難週とイースターは、これまでになく意味深いものとなりました。 「キリストと共に十字架に死に、キリストと共に生きる」(ガラ2:19-20)ことを、妻の死によって現実的に知ることができたからです。 神のことばは真実であり、永遠のいのちを保証するものであることを私たちは信じています。 先週末まで通読していた詩篇119篇のヘブル語... -
「死は勝利に呑み込まれた。」(1コリント15:54)<”Death has been swallowed up in victory.”>
Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち72 「死は勝利に呑み込まれた。」(1コリント15:54)<”Death has been swallowed up in victory.”> ウクライナにおいて、プーチン・ロシアによる残虐な殺戮が行われている。 多くの尊いいのちが無残に奪われている現実に、ただただ唖然とさせられる。 今から二千年ほど前、神の御子イエス・キリストは、敗北者として十字架でさらし者にされ、人々に嘲られ処刑された。 悪の力に屈服させられ、敗北者としての無残な姿がそこにあったかのように見えた。 しかし、それで終わりではなかった。 悲しみと虚しさの中にあった弟子たちに驚愕の出来事が起こった。 それは復活の主との再会という事実である。 「死は勝利に呑まれたり」とは、イザ...