説教要約– category –
-
新たな始まり [聖書]第2コリント5:15-17
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。2コリント5章17節 使徒パウロがコリントの教会に宛てたこの手紙には、パウロの涙ながらの渾身の思いが込められています。それは宣教の情熱だと言っても良いでしょう。キリストにあって、罪赦され救われた者が、キリストにあって真実に生きるとはどんなことかを教えているのです。 先週水曜夜の祈祷会で学んだ5章前半はイスラエル特有のキーワードで記されているため、注意深く読み取る必要がありました。たとえば、「地上の住まいである幕屋」とか、「人の手によらない永遠の住まい」、「天からの住まい」とか、「神はその保証として御霊を... -
『私の民、私の神』 [聖書]ルツ記3:1-11
ボアズは言った。「娘さん、主があなたを祝福されるように、あなたが示した、今回の誠実さは、先の誠実さにまさっています。あなたは、貧しい者でも富んだ者でも、若い男の後は追いかけませんでした。ルツ記3章10節 先週の礼拝説教は、士師記のまとめとして、『私の神、私の主』というテーマでお話ししましたが、実のところその逆で、「私が神、私が主」という、「それぞれが自分の目に良いと見えることを行なっていた」という背信と放縦を示すことばで士師記は閉じられるのです。 士師記は、悶々とした暗い12部族のリーダー無き、背信の三百年であったと言えるでしょう。そして、聖書通読箇所は、士師記からルツ記へと移りました。先週水曜日の祈祷会ではルツ記3章から学ばせて... -
私の神、私の主
その頃、イスラエルには王がなく、それぞれが自分の良いと見えることを行なっていた。士師記21:25 先週水曜日の夜から祈祷会が再開され、現在通読している士師記を学ばせていただきました。士師記を読んでいて、「この一節が心に」と言いう聖句を見出すのは大変なことだと思います。 妥協と放縦、無法と無秩序の民の生き方は、部族間での殺戮まで発展し、神のみこころどころか自分たちの目に良いと思うことを行なっていたのです。この士師記から私たちはいったい何を学ぶことができるのでしょう。みなさんはどのように思われるでしょうか。士師記の時代は前1400年から1100年の約300年と考えられています。ヨシュアの死後、強力なリーダーが存在せず、彼らの神... -
私たちの喜びの源泉
いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。ピリピ4:4 [聖書]ピリピ4章1節〜7節 先週は東金ハウスチャーチの礼拝で、皆さんと共に救い主イエス・キリストの父なる神を賛美し、礼拝できました。お祈りを感謝いたします。クリスチャンは、初対面であっても、救いの神にあって、天に国籍を持つものとして、一つの家族、兄弟姉妹であることを覚えさせていただいています。本日は、先週千葉のハウスチャーチで分かち合ったピリピ4章4節を中心に、「私たちの喜びの源泉」というテーマで、メッセージを取り継がせていただきます。もうすでに皆さんが暗唱している聖句です。「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜び... -
目を覚ましていなさい
目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。雄々しく、強くありなさい。 一切のことを、愛をもって行いなさい。1コリント16章13節〜14節 パウロがローマ人への手紙で、「あなたがたは、今がどのような時であるか知っています。あなたがたが眠りからさめるべき時刻が、もうきているのです」(13:11)と書き述べています。今月8日から米国ケンタッキー州のアズベリー大学のチャペルから学生たちの間でリバイバルが発生し、11日経った今もチャペルでは礼拝が続けられ、それが他の大学にも飛び火し、アメリカ全土の教会が大きな励ましを受けています。 今、世界は、戦争やトルコの大地震、国々が敵対する緊迫したムードの中で、教会が政治的心情などで対... -
『歴史の中に輝く光 』マタイの福音書1章1節〜17節
それで、アブラハムからダビデまでが全部で十四代、ダビデからバビロン捕囚までが全部で十四代、バビロン捕囚からキリストまでが十四代となる。(マタイ1章17節) 12月第二主日の本日からアドベント三週目に入りました。今年のクリスマスは、これまでにない、何か特別なものを感じます。三年にわたるコロナ禍とロシアのウクライナ侵略戦争、揺さぶられる世界経済、悲惨な事件と貧困問題等。 これだけ重大な問題が山積しているのにも関わらず、政治家たちは自分たちの利権のために主義主張を繰り返していて、もうウンザリです。にも関わらず、多くの国民は「事なかれ主義」のように、「熱くもなく冷たくもない」こんな人々の思いがヒタヒタと教会にも入り込んでいることを感... -
神からの世界の取説 [聖書] エゼキエル30章1節〜10節
「わたしがエジプトにさばきを下すとき、彼らは、わたしが主であることを知る。」 エゼキエル30章節 本日のタイトルにある『取説』とは、「取扱説明書」の略です。エゼキエル書を通読していて、なぜ神がご自身の民イスラエルにバビロン捕囚というさばきを下されたのか。なぜイスラエルと関わった近隣諸国が、それぞれの全盛期の最中に突然のように神のさばきに遭い、衰退し、消え失せてしまうのか、その理由がこのエゼキエル書に、まるで取扱説明書のように、「神が創造された正しい世界」について、預言者エゼキエルを通して語られているのです。先週の祈祷会では、海外貿易と陸上貿易の玄関口として繁栄を誇った都市国家ツロへの神のさばきを学びました。「私は全く美しい」と自称... -
主を恐れることを知る [聖書]エゼキエル20:18-24
先週の「アントニオいのち98」では、詩篇118篇6節を引用して、世界がどのような状況になろうとも、「主は私の味方 私は恐れない。」と、闇を光に、恐怖を希望に変えてくださる愛と恵みの主に対する私たちの信仰について配信させていただきました。こうした信仰の確信は、恐れるべきお方を恐れ、第一にすべきものを第一にすることにあるのです。具体的にいうなら、「神の国と神の義を第一にする」ことと、「神を恐れ、偶像から離れる」ということです。 本日のエゼキエル書でいうなら、19節と20節がそうです。「わたしの掟に従って歩み、わたしの定めを守り行え。また、わたしの安息日を聖なるものとせよ。…わたしがあなたがたの神、主であることを知れ」ということ... -
あなたはわたしに【聖書】ヨハネの福音書21章22節
イエスはペテロに言われた。「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」ヨハネの福音書21章22節 先週は複数の委員会が続けて行われ、密な時間を過ごさせていただきました。69歳6ヶ月でまだ現役。あと半年で70になります。幼少時代病弱でいつ死んでもおかしくなかった者を、主は父と母の祈りと願いによってプロボクサーになるほど強い身体に変えてくださり、さらに御子イエスの十字架の恵みによって、心を洗い清めてくださり、教会の牧師へと導いてくださいました。 しかし、ときどき自らの弱さのゆえに、他の人のことが気になり、心が揺らぐことがあったりするのです。人は... -
主に選ばれた宝として【聖書】詩篇135篇4節
主はヤコブをご自分のために選び、イスラエルをご自分の宝とされた。 (詩篇135篇4節) 本日の中心聖句のキーワード、「ヤコブ、イスラエル、ご自分の宝」に、私はすぐにイザヤを通して語られた「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:3)との主のことばを思い起こします。 また、同時に、主は「高価で尊い」とその愛を示されたヤコブ(イスラエル)に対して、「虫けらのヤコブ、イスラエルの人々」とも仰せられ、「恐れるな。わたしがあなたを助ける。」と、天地万物の主権者である主が、弱く小さな者を敵の手と一切の災いから救い出されることを明言しておられるのです。 先週の祈祷会では、詩篇120篇から134篇までの「都上り...