2022年– date –
-
『52年前、17才のマッキー少年へ』69歳6ヶ月のマッキーより
「いつも喜び、絶えず祈り、すべての事について感謝しなさい。これがキリスト・イエスにあって、神があなたがたに願っておられることです。」テサロニケ第一5:16-18 ・生意気で母を悲しませ、学校ではたびたび、校長室のお世話になった不良少年が、ボクサーになって少しはマシになったが、その生意気は、「この人の行く末は‥」と、多くの人を困らせたが、神さまの恵みは何と素晴らしいことでしょう。なんと、背後の母の涙の祈りにより、聖書を通して救い主イエス・キリストと出会い、十字架の死と復活の意味を知ってから、古い自分はキリストと共に死に、主の復活の恵みによって、新しく生まれたことを体験した。いわゆる「Born agin」である。これから残りの生涯は、すべての事におい... -
あなたはわたしに【聖書】ヨハネの福音書21章22節
イエスはペテロに言われた。「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」ヨハネの福音書21章22節 先週は複数の委員会が続けて行われ、密な時間を過ごさせていただきました。69歳6ヶ月でまだ現役。あと半年で70になります。幼少時代病弱でいつ死んでもおかしくなかった者を、主は父と母の祈りと願いによってプロボクサーになるほど強い身体に変えてくださり、さらに御子イエスの十字架の恵みによって、心を洗い清めてくださり、教会の牧師へと導いてくださいました。 しかし、ときどき自らの弱さのゆえに、他の人のことが気になり、心が揺らぐことがあったりするのです。人は... -
◯ Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち94
「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」 (ヨハネ21:22) 「あなたはわたしを愛するか」と三度繰り返し復活の主に問われたペテロは心を痛めて、「主よ。あなたはすべてをご存じです」と言い、主への愛を伝えます。しかし、人間は弱く愚かなもので、ペテロは自分のすぐ後ろにいたもう一人の弟子(ヨハネ)が気になり、「主よ。この人はどうですか」と問うのです。これは、今も変わらない私たち人間の弱さです。人のことが気になり、自分を見失うということがあるのです。しかし、愛と恵みの主は、弱く罪深い「私という存在のため」に十字架の愛を示され、溢れるばかりの恵みを注い... -
主に選ばれた宝として【聖書】詩篇135篇4節
主はヤコブをご自分のために選び、イスラエルをご自分の宝とされた。 (詩篇135篇4節) 本日の中心聖句のキーワード、「ヤコブ、イスラエル、ご自分の宝」に、私はすぐにイザヤを通して語られた「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:3)との主のことばを思い起こします。 また、同時に、主は「高価で尊い」とその愛を示されたヤコブ(イスラエル)に対して、「虫けらのヤコブ、イスラエルの人々」とも仰せられ、「恐れるな。わたしがあなたを助ける。」と、天地万物の主権者である主が、弱く小さな者を敵の手と一切の災いから救い出されることを明言しておられるのです。 先週の祈祷会では、詩篇120篇から134篇までの「都上り... -
◯ Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち93
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(2コリント5:17) 明日から私が所属する写真クラブの写真展が開催されます。自分が抱いている心象を光と影の撮像で表すことを「写真表現」といいます。昨年の春に妻が天に召されてから、私は過去の出来事を、キリストの光に照らして振り返り、それを神の恵みとして受け入れられるようになりました。古きは新しい光にのまれて過ぎ去り、追憶となって神の恵みに変えられるのです。それは、私の写真表現に一つの気付きが与えられたと言っても良いでしょう。今月末には、「追憶」というタイトルで県展にも作品を応募します。70を前にして... -
勝利の主を信じて【聖書】ヨハネの福音書16章33節
「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」ヨハネの福音書16章33節 今週の週報表紙の写真には、先週主日の午後に行われた「CS陶芸教室」の写真を掲載しています。天地万物を造られた主こそ、私たちを造られた名陶器師であり、私たち一人ひとりは、その作品です。 その器をどのように用いるかは、主のみこころに委ねられているのです。 したがって、御子イエスが、苦難の十字架の道を歩まれたとき、「あなたのみこころのままに」と自らを父なる神にお委ねになった御思いこそ、私たちの信仰の正しい在り方なのだと思います。 造られた器が、「僕はこんなのは嫌だ」と駄々を捏ねたら、陶器師は直ちにその器を壊してし... -
イエスわがいのち【聖書】ヨハネによる福音書14章1節〜7節
あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。ヨハネ14章1節 今、私たちが生きている社会は心騒ぐ出来事で溢れています。すべての事が他人事では済まされないごく身近な事としてわが身に迫っているのです。 「災禍、病気、争い、生活、家族の事」など、真面目に考えれば考えるほど、心配事でいっぱいになります。本日掲げた主題聖句のヨハネ14章1節「あなたがたは心を騒がせてはなりません。」と主が弟子たちに語られた時代も、今の世と状況がよく似ていました。ローマ帝国の支配下にあり、重税、病気、貧困、さらにはユダヤ与党であるパリサイ人、律法学者の高慢は、キリストの真理に敵対するものでした。神の民として真理を求めるほど気をもむよう... -
◯ Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち90
「あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」(ヨハネ14:1) 今の世は、心騒ぐ事で溢れかえっています。すべての事が他人事では済まされない身近な事として押し迫っているのです。「災禍、病気、争い、生活、家族の事」など、真面目に考えれば考えるほど、心配事でいっぱいになります。イエスさまが弟子たちに、「あなた方は心を騒がせるな」<Don’t let your hearts be troubled!>と仰せられた時代も、今の世と状況がよく似ています。主が言われた次のことば、「神を信じ、またわたしを信ぜよ」が人間にとって最も大切なのです。すなわち、主が十字架の死と復活によって、私たちを罪の滅びから贖い、永遠のいのちへと導き入れてくださった神の恵み... -
本当の愛を知って [聖書]1コリント 13:1-8a
愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。第一コリント十三章より 本当の愛を知って [聖書]1コリント 13:1-8a 先週の礼拝後に行われたカフェこいのにあの「写真講座3」は、馬の作品を出点したKくんも含めて11名の参加者がありました。 写真表現は「視点」が大切で、カメラを通して見た物をどう切り込むかという感性が問われます。 したがって、基本中の基本は、見て感じた物をカメラに収めること、つまり「シャッターを切らなければ何も始まらない」ということです。 今回の結果は、皆さん良いセンスを持っていて、「おお…」と思う写真がいくつかありました。 これからがとても楽しみです。 私たちクリスチャンの視点は、感謝なこと... -
愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せ
ず、高慢になりません。(1コリント 13:4)Pastor Macky 69 の『いのちのパン』アントニオいのち 89 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。(1コリント 13:4) この聖句は、使徒パウロによって記され、「愛の章」として多くの人に知られています。 ある牧師が、「愛」という主語を、「私」、つまり自分の名前に置き換えて朗読し、自己吟味してみるとよいでしょうと教えてくれました。 それで、自分の胸に手を当てて、「私(昌利)は寛容です。私は親切です。」と声に出してみると、「ああ、全部この教えの反対だ…」と自分に幻滅させられるのです。 でも、この真実な愛の性質は、私たちの救い主イエス・キリスト御自身のご性質であり、父なる神御自身のお姿なのです。 かつて使徒パ...