本当の愛を知って [聖書]1コリント 13:1-8a

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
第一コリント十三章より

本当の愛を知って [聖書]1コリント 13:1-8a

先週の礼拝後に行われたカフェこいのにあの「写真講座3」は、馬の作品を出点したKくんも含めて11名の参加者がありました。

写真表現は「視点」が大切で、カメラを通して見た物をどう切り込むかという感性が問われます。

したがって、基本中の基本は、見て感じた物をカメラに収めること、つまり「シャッターを切らなければ何も始まらない」ということです。

今回の結果は、皆さん良いセンスを持っていて、「おお…」と思う写真がいくつかありました。

これからがとても楽しみです。

私たちクリスチャンの視点は、感謝なことに、キリストの恵みを通して新しくされています。

古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(II コリント5:17)とあるように、神の愛によって、新しいいのちが与えられ、新しい価値観で生きるようにされたのです。

そして、その原動力となるのは、キリストの十字架の死と復活を通して明らかにされた「神の愛」、「キリストの愛」なのです。

本日の第五週の主日は、初めての方を対象とした特別礼拝として、聖書中、最も大切な、「神の愛とその恵み」について、自身の「信仰の証」を含めてメッセージを取り継がせていただきます。

1.混乱と騒動の中にあっても

ローマの大都市であるコリントは、ギリシャの商業都市で「コリント人のように」とは、「不品行」を意味する形容です。

そんなコリントにある教会は、分派、不道徳、訴訟、偶像、異性問題、さらに偽教師が入り込み問題だらけでした。

それでもパウロは、そんな教会でも「主にある聖徒たち」と愛と忍耐を持って彼らを励まし、指導していたのです。

2.信仰と教会の原動力は愛

教会の土台は、キリストの十字架の死によって示された神の愛です。

どんなに素晴らしい賜物を持っていても、どんなに素晴らしい事をして見せたとしても、そこに愛がなければ無に等しいというのです。

もし人が真のキリスト者を見分けるための一つのしるしを探すとしたら、愛をこそ選ぶべきだと使徒パウロは強調して教えているのです。

3.キリストの愛に包まれて

私は、主の十字架の愛によって罪赦され、神の子とせられました。それは無償の恵みです。真実な愛には、怒りを引き延ばす忍耐、我慢強さがあり、隣人のために取りなす優しさがあります。

神が御子の十字架によって、それを愚かな私たちに示して下さったのです。

人類の和解と平和は戦いによるのではなく、愛によって実現するのです。

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あすなろ福音キリスト教会 牧師

日本福音キリスト教会連合(JECA)
あすなろ福音キリスト教会 牧師
青森県十和田市生まれ
近畿大学商経学部卒&聖書宣教会(神学本科卒)

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