説教要約– category –
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『歴史の中に輝く光 』マタイの福音書1章1節〜17節
説教要約それで、アブラハムからダビデまでが全部で十四代、ダビデからバビロン捕囚までが全部で十四代、バビロン捕囚からキリストまでが十四代となる。(マタイ1章17節) 12月第二主日の本日からアドベント三週目に入りました。今年のクリスマスは、これまでにない、何か特別なものを感じます。三年にわたるコロナ禍とロシアのウクライナ侵略戦争、揺さぶられる世界経済、悲惨な事件と貧困問題等。 これだけ重大な問題が山積しているのにも関わらず、政治家たちは自分たちの利権のために主義主張を繰り返していて、もうウンザリです。にも関わらず、多くの国民は「事なかれ主義」のように、「熱くもなく冷たくもない」こんな人々の思いがヒタヒタと教会にも入り込んでいることを感... -
神からの世界の取説 [聖書] エゼキエル30章1節〜10節
説教要約「わたしがエジプトにさばきを下すとき、彼らは、わたしが主であることを知る。」 エゼキエル30章節 本日のタイトルにある『取説』とは、「取扱説明書」の略です。エゼキエル書を通読していて、なぜ神がご自身の民イスラエルにバビロン捕囚というさばきを下されたのか。なぜイスラエルと関わった近隣諸国が、それぞれの全盛期の最中に突然のように神のさばきに遭い、衰退し、消え失せてしまうのか、その理由がこのエゼキエル書に、まるで取扱説明書のように、「神が創造された正しい世界」について、預言者エゼキエルを通して語られているのです。先週の祈祷会では、海外貿易と陸上貿易の玄関口として繁栄を誇った都市国家ツロへの神のさばきを学びました。「私は全く美しい」と自称... -
主を恐れることを知る [聖書]エゼキエル20:18-24
説教要約先週の「アントニオいのち98」では、詩篇118篇6節を引用して、世界がどのような状況になろうとも、「主は私の味方 私は恐れない。」と、闇を光に、恐怖を希望に変えてくださる愛と恵みの主に対する私たちの信仰について配信させていただきました。こうした信仰の確信は、恐れるべきお方を恐れ、第一にすべきものを第一にすることにあるのです。具体的にいうなら、「神の国と神の義を第一にする」ことと、「神を恐れ、偶像から離れる」ということです。 本日のエゼキエル書でいうなら、19節と20節がそうです。「わたしの掟に従って歩み、わたしの定めを守り行え。また、わたしの安息日を聖なるものとせよ。…わたしがあなたがたの神、主であることを知れ」ということ... -
あなたはわたしに【聖書】ヨハネの福音書21章22節
説教要約イエスはペテロに言われた。「わたしが来るときまで彼が生きるように、わたしが望んだとしても、あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」ヨハネの福音書21章22節 先週は複数の委員会が続けて行われ、密な時間を過ごさせていただきました。69歳6ヶ月でまだ現役。あと半年で70になります。幼少時代病弱でいつ死んでもおかしくなかった者を、主は父と母の祈りと願いによってプロボクサーになるほど強い身体に変えてくださり、さらに御子イエスの十字架の恵みによって、心を洗い清めてくださり、教会の牧師へと導いてくださいました。 しかし、ときどき自らの弱さのゆえに、他の人のことが気になり、心が揺らぐことがあったりするのです。人は... -
主に選ばれた宝として【聖書】詩篇135篇4節
説教要約主はヤコブをご自分のために選び、イスラエルをご自分の宝とされた。 (詩篇135篇4節) 本日の中心聖句のキーワード、「ヤコブ、イスラエル、ご自分の宝」に、私はすぐにイザヤを通して語られた「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:3)との主のことばを思い起こします。 また、同時に、主は「高価で尊い」とその愛を示されたヤコブ(イスラエル)に対して、「虫けらのヤコブ、イスラエルの人々」とも仰せられ、「恐れるな。わたしがあなたを助ける。」と、天地万物の主権者である主が、弱く小さな者を敵の手と一切の災いから救い出されることを明言しておられるのです。 先週の祈祷会では、詩篇120篇から134篇までの「都上り... -
勝利の主を信じて【聖書】ヨハネの福音書16章33節
説教要約「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」ヨハネの福音書16章33節 今週の週報表紙の写真には、先週主日の午後に行われた「CS陶芸教室」の写真を掲載しています。天地万物を造られた主こそ、私たちを造られた名陶器師であり、私たち一人ひとりは、その作品です。 その器をどのように用いるかは、主のみこころに委ねられているのです。 したがって、御子イエスが、苦難の十字架の道を歩まれたとき、「あなたのみこころのままに」と自らを父なる神にお委ねになった御思いこそ、私たちの信仰の正しい在り方なのだと思います。 造られた器が、「僕はこんなのは嫌だ」と駄々を捏ねたら、陶器師は直ちにその器を壊してし... -
イエスわがいのち【聖書】ヨハネによる福音書14章1節〜7節
説教要約あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。ヨハネ14章1節 今、私たちが生きている社会は心騒ぐ出来事で溢れています。すべての事が他人事では済まされないごく身近な事としてわが身に迫っているのです。 「災禍、病気、争い、生活、家族の事」など、真面目に考えれば考えるほど、心配事でいっぱいになります。本日掲げた主題聖句のヨハネ14章1節「あなたがたは心を騒がせてはなりません。」と主が弟子たちに語られた時代も、今の世と状況がよく似ていました。ローマ帝国の支配下にあり、重税、病気、貧困、さらにはユダヤ与党であるパリサイ人、律法学者の高慢は、キリストの真理に敵対するものでした。神の民として真理を求めるほど気をもむよう... -
本当の愛を知って [聖書]1コリント 13:1-8a
説教要約愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。第一コリント十三章より 本当の愛を知って [聖書]1コリント 13:1-8a 先週の礼拝後に行われたカフェこいのにあの「写真講座3」は、馬の作品を出点したKくんも含めて11名の参加者がありました。 写真表現は「視点」が大切で、カメラを通して見た物をどう切り込むかという感性が問われます。 したがって、基本中の基本は、見て感じた物をカメラに収めること、つまり「シャッターを切らなければ何も始まらない」ということです。 今回の結果は、皆さん良いセンスを持っていて、「おお…」と思う写真がいくつかありました。 これからがとても楽しみです。 私たちクリスチャンの視点は、感謝なこと... -
私たちの「いのちのパン」 [聖書]ヨハネ6:47〜57
説教要約「 ま こ と に 、 ま こ と に 、 あ な た が た に 言 い ま す 。 信 じ る 者 は 永 遠 の い の ち を 持 っ て い ま す 。 わ た し は い の ち の パ ン で す 。 」 ヨ ハ ネ 六 章 四 七 節 〜 私たちの「いのちのパン」 [聖書]ヨハネ6:47〜57 先週は礼拝の中で三上綾葉姉の洗礼式が執り行われました。 厳かな中にも一際溢れる喜びがありました。 それは、「ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるのです」(ルカ 15:10)とあるように、天上では、めぐみ姉をはじめとし、先輩クリスチャンたちが、雲のように私たちを取り巻いて主の御名を讃えていたと思います。 霊において新しく生まれた綾葉さんは、みことばの乳によって成長し、いのちのパン... -
湧き出るいのちの水 [聖書]ヨハネ 4:1〜15
説教要約イ エ ス は 答 え ら れ た 。 「 こ の 水 を 飲 む 人 は み な 、 ま た 渇 き ま す 。 し か し 、 わ た し が 与 え る 水 を 飲 む 人 は 、 い つ ま で も 決 し て 渇 く こ と が あ り ま せ ん 。 わ た し が 与 え る 水 は 、 そ の 人 の 内 で 泉 と な り 、 永 遠 の い の ち の 水 が 湧 き 出 ま す 。 」 ヨ ハ ネ 四 章 十 三 節 〜 湧き出るいのちの水 [聖書]ヨハネ 4:1〜15 本日の礼拝で三上綾葉さんが洗礼を受け、あすなろ教会のメンバーに加えられました。 キリストの十字架の血潮によって罪赦され、復活の恵みによって新しいいのちへと導かれました。 パウロは、これを「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いもの...