説教要約– category –
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変わらぬ土台の上に立って
イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません。様々な異なった教えによって迷わされてはいけません。ヘブル13章8-9節 [聖書]ヘブル13:7-25 優子姉があすなろでの生活を始めてから、水曜夜の祈祷会が五人となり、とても充実した学びと祈りのときが継続されています。主にある集まりは人数の大小ではないのですが、昔から「祈祷会が祝福されると教会は成長する」と言われていますから、心を合わせて共に祈ることはとても大切です。千葉で文枝姉と優子姉が通っていたハウスチャーチのリーダーが、「聖書には多々誤りがあるからキリストの御名によって祈ることはやめます」と言って解散宣言し、十数名いた信徒と求道者は、分裂し途方に暮れていました。... -
信仰による希望
信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には報いてくださる方であることを、信じなければならないのです。ヘブル11章6節 [聖書]ヘブル11:1-16 先週、カメラを片手に平和公園を散策して来ました。チューリップの花はしおれて散り、ツツジが真っ赤に咲いていましたが、私が目についてシャッターを切ったのは、木々の新緑の鮮やかさです(週報写真)。そして、厳しい寒さを耐えて来たその木々に、「木には望みがある。たとえ切られてもまた芽を出し、その若枝は絶えることがない」というヨブ記14章の聖句を思いました。人間は、人との信頼関係が崩れると孤立し、独善的な考え方に陥ります。それはクリスチャ... -
永遠の大祭司イエス
イエスは、ほかの大祭司のように、まず自分の罪のために、次に民の罪のために、毎日いけにえを献げる必要はありません。イエスは自分自身を献げ、ただ一度でそのことを成し遂げられたからです。ヘブル7章27節 [聖書]ヘブル7:24-28「りんごの花が満開だ」という情報を耳にして、先週、浪岡の道の駅アップルヒルズに行き、初めてりんごの花をじっくりと観察し、撮影して来ました。枝から芽を出し、蕾となり、可憐な花を咲かせた後、それから立派なりんごの実を結ばせることに、主が弟子たちに語られた「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です」(ヨハネ15:5)とのみことばを思い浮かべていました。 私たちキリスト者は、キリストに繋がっていて豊かな御霊の実を結ぶのです。パウロは... -
私たちを執り成す大祭司
イエスは、自ら試みを受けて苦しまれたからこそ、試みられている者たちを助けることができるのです。ヘブル2章18節 [聖書]ヘブル2:1-18 昨日から『みことばの光』はヘブル書に入りました。本書は、「ヘブル人への手紙」とされているのに、発信者の名前も宛先も記されておらず、著者が誰であるかは断定されていません。使徒パウロが有力であるとされていましたが、その他にバルナバ、雄弁なアポロ、ルカ、シラス、ローマのクレメンスなどという名が挙げられましたが、決定的な証拠が無く、初代教父のオリゲネスが、「この書の著者は神のみぞ知る」という名言を残しました。また、この手紙の受取人についても不明ですが、全体の文脈から考えて、迫害と困難の中にあって、神から離れ... -
神と共に歩む祝福
もし、あなたがたがわたしの掟に従って歩み、わたしの命令を守り、それを行うなら、わたしは時にかなってあなたがたに雨を与える。それにより地は産物を出し、畑の木々はその実を結ぶ。レビ記26章3〜4節 [聖書]レビ記26:1-26 本日の週報の写真にあるように、先週金曜日の午前中に新田先生の畑で、ジャガイモの植え付け作業をさせていただきました。新田先生は、教会の子どもたちが土に触れ、大自然の中で心豊かに成長することを願って毎年、私たちに畑を提供してくださっています。大自然がもたらす収穫は、まさに神の恵みです。この天地万物を創造された恵みの神に対して、私たち人間が如何に生きるべきかが聖書の最も大きなテーマであり、学ぶべきポイントです。 レビ記は、出エジプ... -
今の私は新しい
ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。第2コリント4章16節 [聖書]2コリント4:1-18 先週はイースター召天者記念礼拝を行いました。愛餐会の交わりの後、私と優子姉とで三内霊園へ行き、お墓に花を手向けてまいりました。私たちの今があるのは、先人たちの信仰の賜物であると心から感謝しています。私たちは、十字架の贖いを成し遂げてくださったキリストによって、神の子とされ、日々新たにされて生かされているのです。何という恵みでしょう。そうかと言って、困難がないわけではありません。気になる事、心配な事が頭をよぎり、戸惑うことが多々あります。しかし、感謝なことに、私たちには、いつでも、どんな... -
あなたは今日、わたしとともに
イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」ルカ22章43節 [聖書]ルカ22:32〜43 イースターの主日の朝を迎えました。私たちの一週間は、主の復活の日を週の始まりとして歩んでいます。したがって、十字架に死に三日目によみがえられ、私たちに新しいいのちを与えてくださったイエス・キリストにあって、私たちは存在するのを覚えます。ですから、礼拝は一週間の始まりであり、礼拝なくして、私たちの一週間はあり得ないと言っても決して過言ではありません。 本日は、イースター召天者記念礼拝として、信仰の生涯を全うし、天に召されたあすなろ教会の兄弟姉妹を覚えて礼拝をおささげいたします。ヘブル13章7... -
自らを献げる信仰
主に信頼し、善を行え。地に住み誠実を養え。主を自らの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。詩篇37篇3〜4節 聖書/詩篇37:1〜6 このところシバのまさるの様子がいつもと違い、表情に緊張感が見えます。 わんこでも状況を敏感に感じ取るとすれば、私たち人間は、人との関わりで感情が左右するのは当然のことです。 今回、取り上げる詩篇37篇は、原文はヘブル語のアルファベットで綴られており、教師が弟子に語りかけるような格言集としての構造になっています。 テーマは、「なぜ悪を行う者が栄えるのか」という世の不条理と神の正義を問う信仰者の問いです。「アル・ティトゥハル」(熱くなるな/腹を立てるな)と、ヘブル文字のアーレフから始まリます。これは、悪を行... -
自らを献げる信仰
主はあなたに告げられた。人よ、何が良いことなのか、主があなたに何を求めておられるのかを。それは、ただ公正を行い、誠実を愛し、へりくだって、あなたの神と共に歩むことではないか。ミカ書6章8節 [聖書]ミカ書6:1〜8 先週私たちは、『自らを献げる信仰』との本年度の主題を掲げて総会を行いました。本年の活動計画と予算、そして奉仕分担を決めました。これらのことすべては、私たちの信仰の証しとともに、主が命じられた福音宣教のために行われるのです。そして、何よりも大切なことは、その働き人である私たちが、神の民、レビ族の祭司のように、神とこの世の人々の間に入って救いの仲介者として神に仕えるためなのです。 今回の総会のことや、私自身のこと、そしてこ... -
自らを献げる信仰
あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。ローマ12章1節 [聖書]レビ記1章1節~17節 本年の新しい主題を掲げて三週目に入ります。神の前に自らを献げるとは、「献身」を意味します。つまり、私をあなたの御用のためにささげますということです。それを今の私たちの信仰生活に適用するとどうすればよいのでしょう。 『みことばの光』の聖書通読は、ちょうど良いタイミングで「主にささげ物を献げる」(レビ1:2)という主旨の内容が記されているレビ記に入っています。 アブラハムの子孫として神に選ばれたイスラエルの民が、自らをきよめ、聖なる神との正しい関係を維持し、神と共に歩むために繰り返...