アントニオいのち– category –
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◯ Pastor Macky 71の『いのちのパン』アントニオいのち148
「まず神の国と神の義を求めなさい。」(マタイ6:33) 主イエスの「山上の教え」のこのみことばは、恵み溢れる神の国と、この地上の様々な問題の中で生きる信仰者にとって、心配や思い煩いを引き起こす心、その生活が、私たちを神から引き離す一番の大敵であることを教えています。「神の義」の「義」のギリシャ語は「デカイオスネー」で、聖書外では、法廷において義を宣告される際に用いられる裁判的な意味と、聖書の「救い」と「勝利」という意味を兼ね備えています。「神の国と神の義」とは、キリストの救いが私たちの出発点であり、神の御手の中にある人生こそ、心配や思い煩いを払拭し、真の平安と希望を与えてくださる原点なのです。それゆえに、最も大切なことは、偉大な天の父... -
◯ Pastor Macky 71の『いのちのパン』アントニオいのち147
「私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」(2コリント4:16) 私マッキーは、70を超え、老人と呼ばれる年齢になりましたが、気持ちは未だ現役の青年です。しかし、冒頭に掲げた聖句のように、確かに体力は衰え、目も弱くなり、見た目はまさに年相応になってしまいました。少年時代は病弱で、元気になったと思ったら道を外し、親兄弟の悲しみの子でしたが、キリストの十字架の福音により、新しいいのちと御国の恵みに生きるようになってからは、毎日がクリスマスとイースターの喜びに溢れています。 それゆえに「いつも喜び、絶えず祈り、すべての事に感謝せよ」というパウロのことばを実感するようになりました。「私たちは落胆しま... -
• Pastor Macky 71の『いのちのパン』アントニオいのち 146
「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」(ルツ記 1:16b) このことばは、夫を失い未亡人となったルツが、モアブの地で姑のナオミに語ったものです。姉のナオミもまた夫を失い、さらに二人の息子をも失い、残されたのは二人の息子がモアブで髪った嫁たちでした。そんな悲しみの中で、ナオミが自分の土地、ユダのベツレへムに帰ろうとした時、兄嫁のルツが姑にすがって言ったこのことばは、まさに神への信仰告白なのです。 エレミヤ30:22に、「あなたがたは私の民となり、わたしはあなたがたの神となる。」と主のことばが記されています。これは、ルツの信仰に報いるような神の祝福のことばです。さらにエレミヤ書ではこう続きます。「そのとき、若い女は踊って楽しみ、若... -
◯ Pastor Macky 71の『いのちのパン』アントニオいのち145
「主は、たとえ悲しみを与えたとしても、その豊な恵みよって、人をあわれまれる。」(哀歌3:32) 昭和の高度成長期に、「何から何まで、真っ暗やみよ〜」と言う歌謡曲が大流行しました。何でも頑張れば可能になるという時代でしたので、このフレーズも、大衆は深刻には捉えてはいませんでした。しかし令和の今日、不安だらけで「どうなる日本?」と深刻に考える人も少なくありません。そこで私は教会の牧師としてひとこと言いたい。それは、「何に望みを置けばよいのか」という、人が生きるそのあり方だ。冒頭の聖句の主語は、天地万物を創造された神である「主」です。この哀歌の文脈に、「私たちが滅び失せなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ご... -
◯ Pastor Macky 71の『いのちのパン』アントニオいのち144
「先のことに心を留めるな。昔のことに目を留めるな。見よ、わたしは新しいことを行う。今、それが芽生えている。」(イザヤ43:18-19a) 私の2023夏季休暇も祝福のうちに終え、いよいよ後半に向かって新たな一歩を踏み出そうとしている昨日、士師記13章の通読箇所から、「わたしの名は不思議という」(士師13:18)とのことばが心に留まりました。これは、主の使いが後にサムソンの父親となるマノアに語ったものです。英訳では<It is beyond understanding.>で、Itの文脈から、「その名は理解を超えている」と訳せます。こうして、ペリシテからイスラエルを助け出す怪力サムソンが誕生するのです。冒頭のイザヤの聖句に戻りますが、主が愛する民に、「うじうじするな!見よ、わたしは新... -
◯ Pastor Macky 71の『いのちのパン』アントニオいのち132
「鉄は鉄によって研がれ、人はその友によって研がれる。」(箴言27:17) 日本のことわざに、「類は友を呼ぶ」とか、「朱に交われば赤くなる」と言うのがあります。不良仲間と遊ぶようになった少年時代、私もまた立派な不良少年になっていたという過去があります。しかし、そんな私がキリストに愛されていることを知り、回心してから、「神の聖徒」と呼ばれる信仰の友が与えられ、なんと、プロボクサーから牧師になってしまいました。<As iron sharpens iron, so one person sharpens another.>「鉄は鉄によって、人はその友によって研がれる」 <sharpens>「研がれる」(シャーペンズ)なんという鋭い響きだろう。 最近、私は病と闘っている友が与えられました。主に背中を押... -
◯ Pastor Macky 71の『いのちのパン』アントニオいのち121
御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。ガラテヤ5:22 これは、キリスト者が信仰により、神の御霊によって与えられる豊かな結実です。愚かな私も、長い信仰生活の中で、キリストの愛と恵みによって、少しずつ成長し、これらの実を見させていただくようになりました。不思議と、心の中には、喜びと祈りと感謝が溢れているのです。イエスは、「わたしはぶどうの木、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます。」(ヨハネ15:5)と弟子たちに仰せられ、「わたしの愛にとどまりなさい」<Now remain in my love.>(v.9)と戒められました。かつて、教会の迫害者であった使徒パウロは、「だれ... -
◯ Pastor Macky 70の『いのちのパン』アントニオいのち117
「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。」(ローマ12:2) < Do not conform to the pattern of this world, but be transformed by the renewing of your mind. > 今、米国のアズベリー大学を中心にキリスト者のリバイバルが起こり、それが他の大学にも飛び火し、大きな信仰復興の波が全米を揺り動かしています。それは先週の8日にアズベリー大学のチャペルから発生し、現在も弛むことなく続いているのです。世界は今、戦争、大地震、不法がはびこり人々の愛が冷え、悲惨な事件が相次いでいます。まさに主の再臨が迫る終末の世を呈しています。そんな世に、今起こっている米国のリバイバルは、まさに... -
◯ Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち108
「その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)マタイ1:23 このことばは、イエス・キリスト誕生の700年以上も前に、預言者イザヤによって語られたものです。つまり、救い主の誕生(クリスマス)は、預言の成就なのです。「キリストは私の救い主です」と信じる者に、「神がいつもともにおられる」(インマヌエル)というのなら、「百人力」いや、それ以上の安心、安全が確保されるのは間違いなしです。聖書は、それを「平安、平和」と教えています。今から35年ほど前、都内の教会でお世話になったご高齢の長老が、いつもニコニコして、神学生(貧学生)であった私に近寄り、私の上着のポケットに手を突っ込んでティッシュを入れるのです。それ... -
◯ Pastor Macky 69の『いのちのパン』アントニオいのち107
すべてのことに定まった時期があり、天の下のすべての営みに時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。(伝道者の書3:1-2) 半世紀以上も前の昔、アメリカのフォークシンガーであるピート・シンガーが「Turn! Turn! Turn!」を歌い、私もギターを弾いて歌っていた。歌い出しは、To everything, turn, turn, turn. There is a season, turn, turn, turn. And a time to every purpose under heaven. A time to be born, a time to die. これは、冒頭の聖句を歌っている。「すべての営みに時がある」ということを、世の様々な事柄で描写している。このことばの他に、「泣くのに時があり、笑うのに時がある。嘆くの...