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私たちの希望
説教要約
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。ローマ5章5節 [聖書]ローマ5:1-11 先週木曜日の朝、婦人会の『聖書の学び』では、〜聖書に登場する女性たち〜から、『サムエルの母ハンナ』について学びました。深い嘆きと悲しみの中にあったハンナの心を注ぐ真摯な祈りは、神に受け入れられ、念願の男の子サムエルが与えられます。その子を生涯神にささげるというハンナの誓願は、彼女自身の献身でもありました。40年前、私が牧師になるために仕事を辞め献身したとき、私の母がこう言いました。「昌利の献身は私の献身でもある」。そう言って、母は四年間、私たち一家の経済を支え... -
今朝のみことば/2026.3.22(第四主日)
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◯ ローマ5章5節より「この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」 ◯ マッキー牧師の解説・「この希望は失望に終わらない」とは、原文では、「その希望は恥をかかせません」と訳せます。この世の希望は、いつも失望に変えられますが、私たちがそれを確信できるのは、私たちと共におられる聖霊とキリストによる神の愛が私たちの心の内に豊かに注がれているからなのです。この神の愛こそが、私たちの希望の本質なのです。 -
今朝のみことば/2026.3.21(土)
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◯ ローマ人への手紙6章23節“ 罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。” ◯ マッキー牧師の解説・私たち人間はみな、神の前に罪深く、神に背いて生きていました。私たちの行き着く所は永遠の滅びです。しかし、あわれみ深い恵みの神は、私たちを愛してくださり、私たちに救い主イエス•キリストをお与えくださいました。このイエスさまが私たちの身代わりになって、十字架のさばきを受けてくださり、私たちを罪の縄目から開放してくださったのです。このイエスを信じるときに、私たちは神の子とされ、永遠のいのちを受けるのです。何と素晴らしい賜物でしょう! -
今朝のみことば/2026.3.20(金)
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◯ ローマ人への手紙8章28節“ 神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。” ◯ マッキー牧師の解説・神の聖霊によって導かれ生きる人々には、その信仰のゆえに迫害や試練が付きまといます。しかし、愛と恵みの主は、マイナスと思われるすべての事をプラス、すなわち資産勘定へと移し替えて、あなたを祝福してくださるというのです。つまり、あなたのマイナスをすべて豊かな財産へと変えてくださると全能の神である主は、救い主キリストにあって、あなたを祝福してくださるのというです。なんと素晴らしい恵みでしょう! -
◯ Pastor Macky 72の『いのちのパン』アントニオいのち278
アントニオいのち
“自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい。”(ローマ12:18) 「平和を保ちなさい」という、このパウロのことばの前節には「だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人が良いと思うことを行うように心がけなさい。」(v.17)とあります。パスカルの『パンセ』に、「わずかなことが私たちを悲しませるので、わずかなことが私たちを慰める」ということばがあります。私自身、人のちょっとした言動で傷つき、また、ちょっとしたことで大きな慰めを得ることがあります。人は考え方の相違によってぶつかり、それが争いに発展することがしばしばです。それが民族や国家間になれば戦争に拡大するのです。ある意味、それが私たち罪深い人間の本性です。しかし、パ... -
今朝のみことば/2026.3.19
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◯ ローマ人への手紙3章22節“ すなわち、イエス・キリストを信じることによって、信じるすべての人に与えられる神の義です。そこに差別はありません。” ◯ マッキー牧師の解説・律法と預言者たちによって証しされて、キリストによる神の義が示されたとパウロは言います。それは行いによるのではなく、キリストを信じる信仰による救いであり、そこには、ユダヤ人であろうとギリシャ人であろうと何の差別ないとパウロは断言するのです。これこそ、パウロが主張する「信仰義認」です! -
今朝のみことば/2026.3.17(火)
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◯ ルカの福音書10章10節より” 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。” ◯ マッキー牧師の解説・「この民全体に」この聖書のことばを現代に適用するなら、「全世界に」と言えるでしょう。この私たちの世界に「大きな喜びを告げ知らせる」とは、何のこっちゃと思います。主要大国がこぞって臨戦体制にあるこの世に、「大きな喜びがあるわけがない」と思うのが、今の世の現実です。しかし、ルカの福音書の次の節では、こう記します。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。こん方こそ主キリストです。」 愛するみなさん、これですよ!これ!ここに大きな喜びが私たちに... -
今朝のみことば/2026.3.16(月)
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◯ 箴言18章12節” 人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。” ◯ マッキー牧師の解説・これは賢者ソロモンの箴言です。神がソロモンに「あなたの望むものをあなたに与えよう」と仰せられたとき、ソロモンは、神の前にへりくだり、「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください」(第一列王3:9) と願いました。このことが主のみこころにかない、主はソロモンを大いに祝福されたのです。このことは、愚かな私自身に大きく欠落している部分です。本当に主の前に謙遜であるということは、「自分の十字架を背負い、主に従う」ということを見失ってはならないということを覚えさせられるのです。 -
信仰の始まり
説教要約
ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。ローマ10章17節 [聖書]ローマ10:1-17 『みことばの光』による聖書通読は、先週木曜日からローマ書に入りました。パウロの第三次伝道旅行の終わり頃(使徒19章)、紀元57年頃、コリントにおいてローマにいるキリスト者たちに宛てて書かれたものとされています。それは大きな一つの教会に宛てて書かれたというより、キリスト者の群れが散在するローマの諸教会が回覧できるように記された公的な手紙です。この書は、多くの人たちから、キリスト教信仰の真髄と言われ、改革者ルターも強調する「キリストを信じる信仰によってのみ人は救いに導かれ、神の子とせられる」とい... -
今朝のみことば/2026.3.15(第三主日)
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◯ ローマ人への手紙10章17節“ 信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。” ◯ マッキー牧師の解説・聖書は誤りなき神のことばです。それは、キリストの十字架の死と復活による人類への救いのメッセージです。したがって、聖書のことばには、死人を生き返らせるほどの恵みと力があるのです。この福音のみことばの宣教が、私たち教会の使命なのです。
