みことばを第一とする生活

 信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。ヘブル11章3節

[聖書]ヘブル11:1-6
 教会創立50周年を迎えた新しい年、『みことばを第一とする生活』という主題で、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる」(マタイ4:4)との聖句を掲げました。先週は、この主題聖句から説教させていただきましたが、今週はその第二弾としてヘブル11章を通して、「神のことば」の力とその本質について、学ばせていただきます。先週の説教で、ヨハネ1章1節の「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」を引用し、この万物を創造されたことばなる神がキリストであることをお話しました。この「ことば」とは原語で、<ロゴス>で、思想、意思を具現化させた「神のことば」を指し、また罪人に対する神の意志、神の愛、神の子キリストをあらわしています。
 そして本日の「神のことば」とは<レーマ>で、神が「光よあれ」と、無から有を呼び出す際に発せられたことば(語られたことば)を意味します。詩篇33篇6節に「主のことばによって 天は造られた。天の万象もすべて 御口の息吹によって。」がまさにそうです。この絶対的主権を持つ神のことばに生きることを今回も学ばせていただきましょう。

1.光よあれと仰せられるお方
 
ヨハネ1章に、「初めにことばがあった。ことばは神であった」とあります。
 これが原語の「ロゴス」で、神の存在の本質です。その神が発したことばが世界の存在、私たちの存在となったと聖書は教えているのです。つまり聖書のことばは絶対的主権を持っておられる神のことばであることが、私たちの信仰の大前提であることを覚えます。

2.神のことばに従って生きること
 神は、御自身のかたちに似せて造られた人間を大いに祝福されました。
生めよ。増えよ。地に満ちよ。地を従えよ」と。それが神のみこころでした。
 しかし、自由意志を与えられた人間は、その賜物を神から離れて用いるようになったために、人に罪が入り、自然体系の破壊が生じるようになりました。

3.みことばに従って生きるなら
 みことばに従うとは、自らの罪を認め、神に立ち返ることを意味します。
 私たちが今見る世界は、まさに神の被造世界です。信仰の目で見るなら、いのちあるすべてが神の祝福の対象なのです。しかし、どうでしょう。現在も自らの正義を盾に争いや戦争は絶えません。本当に神のみことばに立つなら、愛と赦し、和解と平和が生まれるのではないでしょうか。いかがですか。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

あすなろ福音キリスト教会 牧師

日本福音キリスト教会連合(JECA)
あすなろ福音キリスト教会 牧師
青森県十和田市生まれ
近畿大学商経学部卒&聖書宣教会(神学本科卒)

コメント

コメントする

目次