モーセは、カナンの地の偵察のために彼らを遣わして言った。「向こうに上って行って、ネゲブに入り、山地に行き、その地がどんなであるか、調べて来なさい。」民数記13章17節
[聖書]民数記13:1-24
青森ではこの冬、災害級の大雪が続いています。一番の問題は、除雪車が市街地に入らず、雪の捨て場がなく、住民が悲鳴をあげていることです。雪が降り積もらなければ文句のない青森ですが、それだけに春への希望が大きいのだと思います。神の人モーセ率いるイスラエルの民は、神が約束された新しい地を目指して旅を続け、いよいよカナンの地が目前に迫るパランの荒野に至りました。奴隷であったエジプトから解放され、乳と蜜の流れる肥沃な地を受け継ぐという希望が与えられているのです。そこで本日の民数記13章では、カナンの地を探るために調査隊を派遣するように、「主はモーセに告げられた」(v.1)のです。それは、彼らが主の約束通り、その地を自分のものとするための調査なのです。そのために、神はヤコブの12部族から一人ずつ選び、次の三つの調査をするように命ずるのです。1)住民について。2)住居について。3)土壌について。要点は明確でした。こうして40日間の調査がなされるのです。そこには主の約束を信じるか、彼らの報告を信じるかの民の重大な判断が試みられていることを覚えさせられるのです。
1.信仰とは何か
信仰とは何か?ヘブル書11章1節で、「信仰は望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるもの」と教えています。ヤコブの民にとって、それが、神がアブラハムに約束された乳と密の流れる地カナンなのです。
「青森市の中央部に教会を」という初代宣教師のビジョンは、私たちにとって叶わぬ地だったのでしょうか。私たちの信仰は今、どこにあるのでしょう。
2.現実を見て分かれた判断
12部族から派遣された代表たちがモーセの元に戻って報告されたことが明日の通読箇所です。あえて、私がその箇所を朗読いたします。彼ら12人の中で、「ぜひとも上って行って、そこを占領しましょう」と言ったのはカレブとヨシュアの二人だけで、あとの10人は、「私たちにはとても無理だ」と言う結論でした。なぜ彼らはそう思ったのか。
3.事を成すのは神である
「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いでしょう。」(ルカ1:45)神が約束されたカナンの地も救い主イエスの誕生も、主が預言者たちを通して語られた神のことばです。私たちは人の思いや、そのことばで行動するのでしょうか。私たちの信仰は、神の真実な約束なのです。


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