2026年2月– date –
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今朝のみことば/2026.2.20(金)
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◯ ヘブル13章3節より“ 牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやりなさい。また、自分も肉体を持っているのですから、虐げられている人々を思いやりなさい。” ◯ マッキー牧師の解説・キリスト信仰の故に迫害され、苦しめられている人は、私たちの国、日本でも踏み絵によって殉教した先人たちがいたことを私たちは知っています。今、現在も、ありもしないことで、自分は正しいと称する者たちに苦しみを受けている兄弟姉妹がいることを覚えます。キリストにあって大事なことは、その人たちを非難することではなく、思いやり祈り支えることであることを、私たちは見失ってはならないのです。 -
◯ Pastor Macky 72の『いのちのパン』アントニオいのち274
アントニオいのち
“ あなたの道を主に委ねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。” (詩篇37:5) 私たちキリスト者の信仰とは、いかなるときにも、私たちを滅びの穴より救い出してくださったイエス・キリストの父なる神を信じ、信頼して生きることです。私たちの救い主イエスは、聖霊なる神として、いつも私たちの心の中にともにおられます。使徒ヨハネは、「私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です」(1ヨハネ5:4)と主を讃えました。私たちが今生きている世では、予期せぬ困難や試練に突然のように遭遇し、道が閉ざされたように思えるような事があります。しかし、神を信頼する者には、神が私たちの心の願いをかなえてくださるというのがこの詩人ダビデの信仰であり、勝利の秘訣なのです... -
今朝のみことば/2026.2.19(木)
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◯ 民数記24章5節より” なんとすばらしいことよ。ヤコブよ、あなたの天幕は。イスラエルよ、あなたの住まいは。” ◯ マッキー牧師の解説・占い師、べオルの子バラムが神の御使いによって目が開かれ、神の民イスラエルを恐れるモアブの王バラクに、イスラエルの祝福だけを告げるということは、まさに絶対的主権者である神への賛美そのものです。神は時にかなって、物言わぬろばに口をきかせたように、私たちの想像を絶することを行い、ご自身のみこころを示されることがあります。それは神が選んだ私たち主の民のためにです。 -
今朝のみことば/2026.2.18(水)
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◯ ヨハネの黙示録21章3-4節“ 私はまた、大きな声が御座から出て、こう言うのを聞いた。「見よ、神の幕屋が人々とともにある。神は人々とともに住み、人々は神の民となる。神ご自身が彼らの神として、ともにおられる。神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」” ◯ マッキー牧師の解説・フランスの物理学者で哲学者でもあるパスカルは、その著書『パンセ』の中の〜神がいるかいないかの賭け〜という箇所で、「神の認識なく幸福はなく、神に近づくにつれて幸福になり、神から遠ざかるにつれ不幸になるということは疑う余地はない」と述べています。確率論からみてパスカルは、神がい... -
今朝のみことば/2026.2.16(月)
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◯ 民数記22章28節より” すると、主がろばの口を開かれたので、ろばはバラムに言った。「私が何をしたというのですか。私を三度も打つとは。」 ◯ マッキー牧師の解説・この箇所は、私たちの人間の常識では考えられない「もの言うろば」の有名な聖書箇所です。ヨルダン川の東側まで迫った神の民イスラエルの脅威に恐れたモアブの王バラクは、当時伺えば的中すると言われた占い師バラムを招き、自分たちはこれからどうなるかを聞こうとした。一方バラムは断りながらも、心惹かれる条件で自分を招くバラクに惹かれて、結果的には出かけることにしたのです。するとどうでしょう。神の御使いが、背中にバラムを乗せたろばの前に現れ、その道をふさいだのです。怒ったバラムは、ろばを三度も打... -
メリバの水から学ぶ
説教要約
これがメリバの水である。イスラエルの子らが主と争った場所であり、主はご自分が聖であることを彼らのうちに示されたのである。民数記20章13節 [聖書]民数記20:1-13 次週主日の礼拝後に行われる教会総会の前に、先週の通読箇所からとても教えられたことがありました。それは、聖書中、『メリバの水の事件』と言われるほど有名な出来事を通してです。それは、モーセが民の「水がない」と言って、またも不満をぶちまけ、モーセとアロンを吊し上げようと押し迫る群衆の前で、あの柔和で謙遜なモーセが感情的になり、怒りにまかせて手にした杖で岩を二度も打ってしまったのです。このときのモーセのことばが10節です。「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から、われわれがあな... -
今朝のみことば/2026.2.15(第3主日)
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◯ 詩篇16篇8-9節“ 私はいつも 主を前にしています。主が私の右におられるので私は揺るがされることがありません。 それゆえ 私の心は喜び私の胸は喜びにあふれます。私の身も安らかに住まいます。” ◯ マッキー牧師の解説・ダビデの信仰告白です。どんなときにも、主は私の右におられ、私を守ってくださるという確信が詩人に勝利の喜びを与えてくださるのです。このような信仰に、神は勝利をもって報いてくださることを信じたいと思います。 -
今朝のみことば/2026.2.14(土)
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◯ 民数記21章2節“ そこでイスラエルは主に誓願をして言った。「もし、確かにあなたが私の手に、この民を渡してくださるなら、私は彼らの町々を聖絶いたします。」 ◯ マッキー牧師の解説・荒野の40年の試練を経験したイスラエルの民は、いよいよカナンの地に足を踏み入れます。それは無から有を生じさせるような信仰が求められる第一歩なのです。今朝の聖句は、民が心を一つに主に誓願を立て、勇気をもって行動する様子が描かれています。天に国籍を持つ主にある私たち神の家族は、主に信頼し、一つになることが、今の世に求められている事なのです。 -
今朝のみことば/2026.2.13(金)
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◯ 民数記20章10節“ モーセとアロンは岩の前に集会を召集し、彼らに言った。「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から、われわれがあなたがたのために水を出さなければならないのか。」” ◯ マッキー牧師の解説・この箇所は、「メリバの水の事件」と言われるほど、神の人モーセの失態を描写している場面です。神がモーセとアロンに向かって、「杖を取って民を召集し、彼らの前でこの岩に命じれば水が出る」(8節)と仰せられた岩を、度重なる民の不信仰に激怒したモーセは、その岩を二度も打ってしまったことが神の怒りに触れるのです。それは、事を成すのは神であり、モーセではないことを教えています。私たちは場合によっては、感情に燃えてモーセと同じような失敗をしてしまうことが... -
◯ Pastor Macky 72の『いのちのパン』アントニオいのち273
アントニオいのち
「恐れるな、娘シオン。見よ、あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。」(ヨハネ12:15) 私たちを取り巻く社会の先行きには心配事が絶えません。さらに、国家を取り巻く世界情勢が緊迫した状況にあるなら、私たちの心は、心配から「恐れ」に変わります。冒頭の聖句は、自分たちをローマの圧政から解放してくれる、ダビデ王のような戦いに長けた力ある王の到来を待望していたユダの民たちに、いよいよその日た来たときの場面です。娘シオンとは、ユダの民全体を指しています。そして、「あなたの王がロバの子に乗って来られる」というのです。フランスの皇帝ナポレオンが腰に剣を帯びて、威風堂々と名馬に跨っている姿とはまるで違います。イエスは丸腰で、しかもロバの子に乗って、1...
