2026年– date –
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今朝のみことば/2026.2.16(月)
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◯ 民数記22章28節より” すると、主がろばの口を開かれたので、ろばはバラムに言った。「私が何をしたというのですか。私を三度も打つとは。」 ◯ マッキー牧師の解説・この箇所は、私たちの人間の常識では考えられない「もの言うろば」の有名な聖書箇所です。ヨルダン川の東側まで迫った神の民イスラエルの脅威に恐れたモアブの王バラクは、当時伺えば的中すると言われた占い師バラムを招き、自分たちはこれからどうなるかを聞こうとした。一方バラムは断りながらも、心惹かれる条件で自分を招くバラクに惹かれて、結果的には出かけることにしたのです。するとどうでしょう。神の御使いが、背中にバラムを乗せたろばの前に現れ、その道をふさいだのです。怒ったバラムは、ろばを三度も打... -
メリバの水から学ぶ
説教要約
これがメリバの水である。イスラエルの子らが主と争った場所であり、主はご自分が聖であることを彼らのうちに示されたのである。民数記20章13節 [聖書]民数記20:1-13 次週主日の礼拝後に行われる教会総会の前に、先週の通読箇所からとても教えられたことがありました。それは、聖書中、『メリバの水の事件』と言われるほど有名な出来事を通してです。それは、モーセが民の「水がない」と言って、またも不満をぶちまけ、モーセとアロンを吊し上げようと押し迫る群衆の前で、あの柔和で謙遜なモーセが感情的になり、怒りにまかせて手にした杖で岩を二度も打ってしまったのです。このときのモーセのことばが10節です。「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から、われわれがあな... -
今朝のみことば/2026.2.15(第3主日)
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◯ 詩篇16篇8-9節“ 私はいつも 主を前にしています。主が私の右におられるので私は揺るがされることがありません。 それゆえ 私の心は喜び私の胸は喜びにあふれます。私の身も安らかに住まいます。” ◯ マッキー牧師の解説・ダビデの信仰告白です。どんなときにも、主は私の右におられ、私を守ってくださるという確信が詩人に勝利の喜びを与えてくださるのです。このような信仰に、神は勝利をもって報いてくださることを信じたいと思います。 -
今朝のみことば/2026.2.14(土)
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◯ 民数記21章2節“ そこでイスラエルは主に誓願をして言った。「もし、確かにあなたが私の手に、この民を渡してくださるなら、私は彼らの町々を聖絶いたします。」 ◯ マッキー牧師の解説・荒野の40年の試練を経験したイスラエルの民は、いよいよカナンの地に足を踏み入れます。それは無から有を生じさせるような信仰が求められる第一歩なのです。今朝の聖句は、民が心を一つに主に誓願を立て、勇気をもって行動する様子が描かれています。天に国籍を持つ主にある私たち神の家族は、主に信頼し、一つになることが、今の世に求められている事なのです。 -
今朝のみことば/2026.2.13(金)
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◯ 民数記20章10節“ モーセとアロンは岩の前に集会を召集し、彼らに言った。「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から、われわれがあなたがたのために水を出さなければならないのか。」” ◯ マッキー牧師の解説・この箇所は、「メリバの水の事件」と言われるほど、神の人モーセの失態を描写している場面です。神がモーセとアロンに向かって、「杖を取って民を召集し、彼らの前でこの岩に命じれば水が出る」(8節)と仰せられた岩を、度重なる民の不信仰に激怒したモーセは、その岩を二度も打ってしまったことが神の怒りに触れるのです。それは、事を成すのは神であり、モーセではないことを教えています。私たちは場合によっては、感情に燃えてモーセと同じような失敗をしてしまうことが... -
◯ Pastor Macky 72の『いのちのパン』アントニオいのち273
アントニオいのち
「恐れるな、娘シオン。見よ、あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。」(ヨハネ12:15) 私たちを取り巻く社会の先行きには心配事が絶えません。さらに、国家を取り巻く世界情勢が緊迫した状況にあるなら、私たちの心は、心配から「恐れ」に変わります。冒頭の聖句は、自分たちをローマの圧政から解放してくれる、ダビデ王のような戦いに長けた力ある王の到来を待望していたユダの民たちに、いよいよその日た来たときの場面です。娘シオンとは、ユダの民全体を指しています。そして、「あなたの王がロバの子に乗って来られる」というのです。フランスの皇帝ナポレオンが腰に剣を帯びて、威風堂々と名馬に跨っている姿とはまるで違います。イエスは丸腰で、しかもロバの子に乗って、1... -
今朝のみことば/2026.2.12(木)
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◯ 民数記19章2節より“ 「主が命じるおしえの定めは、こうである。イスラエルの子らに告げよ。まだくびきを負わせたことがなく、傷のない完全な、赤い雌牛をあなたのところに引いて来るようにと。” ◯ マッキー牧師の解説・神に背くイスラエルの民をきよめるために、どんなに貴重な尊い犠牲を献げるべきかを、この箇所は教えています。私たちの真っ黒な罪を贖うためには、これほどの犠牲が必要なのてす。私たちの救い主イエスは、私たちの罪を背負い、ご自身がいけにえとなり、十字架の贖いを成し遂げてくださいました。ここに私たちの救いがあるのです。 -
今朝のみことば/2026.2.11(水)
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◯ 民数記18章26節より“ 「あなたはレビ人に告げなければならない。わたしがあなたがたに相続のものとして与えた十分の一をイスラエルの子らから受け取るとき、あなたがたはその十分の一の十分の一を、主への奉納物として献げなさい。” ◯ マッキー牧師の解説・主は、民の執り成しのために仕えるレビ人に、民が神にささげる物の十分の一の中から、さらに十分の一を「最上の部分」として神に献げるように命じました。献げ物のその精神は、まず第一に、神に最善の物を選び献げるのであって、必要を整理した残りからというのでは決してありません。それならば神に対して、最低の残りの部分を献げたに過ぎないなことになるからです。 -
今朝のみことば/2026.2.10(火)
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◯ エペソ人への手紙2章19節より” こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。” ◯ マッキー牧師の解説・ 私たち人間は、民族や国家間の宗教や文化の違いによって隔たりがあり、時には敵対関係にある者たちでした。しかし今や、イエス・キリストの十字架の和解によって敵意が葬り去られ、信仰により、主の御霊によって一つとされたのです。私たちキリスト者は、民族や国家を超え、この救い主キリスト・イエスにあって一つの家族・兄弟姉妹であることを、今こそはっきりと自覚しなければと思わされています。 -
今朝のみことば/2026.2.9(月)
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◯ ミカ書7章18-19節“ あなたのような神が、ほかにあるでしょうか。あなたは咎を除き、ご自分のゆずりである残りの者のために、背きを見過ごしてくださる神。いつまでも怒り続けることはありません。神は、恵みを喜ばれるからです。もう一度、私たちをあわれみ、私たちの咎を踏みつけて、すべての罪を海の深みに投げ込んでください。” ◯ マッキー牧師の解説 幼少期、病弱でいつ死んでもおかしくなかった私は、成長してからも罪を繰り返し、大きく道を外していた者でした。そんな私が、天に召された父の信仰を通してイエスさまと出会い、180度、生き方を変えられ、牧師になりました。私の罪は主の十字架の贖いによって、海の深みに投げ入れられ、今は神の子として受け入れられているので...
