私たちはひとつ

 大勢いる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、一人ひとりは互いに器官なのです。ローマ12:5

先週は火曜日から東京都内で全国総会があり、三日間に渡るハードなスケジュールでの会議に参加させていただき、日本全国にある199のJECAの教会がキリストにあって一つであることを再確認させていただき、新しい歩みに新たな一歩を踏み出すことができました。本日の週報に掲げた聖句は、開会礼拝で北海道地区の菜花先生が語ってくださった主題聖句でもあります。会議に入ると一つひとつの議案に白熱した議論が展開され、ある人の質問や意見には、圧倒されるほどの記憶力と知識があり、またある人には、議案の本質を優しく温かく受け止められる能力があり、またある人には会議が終わってからやたら元気になる人がいて(私です)、キリストにあって一つといえども、本当に一人ひとりに個性があり、賜物があり、また役割の違いがあり、それがキリストの十字架の愛で結ばれて一つとされ、教会連合(JECA)という一つの群れを形成しているのです。私たちあすなろ教会も、その地域教会として、それぞれ固有の賜物を有する兄弟姉妹がキリストの愛に結ばれて一つとされ、宣教の働きに使えさせていただいていることを覚えるのです。

1.慎み深くと謙虚な心で
 「大勢いる私たちはキリストにあって一つのからだ」とは、普遍的公同の教会を意味します。ここでパウロは教会の一人ひとりに注意を促します。(v.3)それは、それぞれの器官(部分)が円滑に機能するために最も大切なことです。「調和」(スンフォネオー)の原語から「シンフォニー」が派生しています。他の楽器と調和させるために自らを控えめに慎むことが大切なのです。

2.信仰の量りに応じて
 「信仰の量りに応じて慎み深く」とはなんと公平で愛に満ちた勧告でしょう。またこの文脈では、それぞれが与えられた恵みにしたがって異なった賜物を持っていると教えています。目と耳、手と足の役割は違いますし、それぞれが違うように、私たちは全体が結び合ってキリストのからだを形成するのです。私たちのコンダクターはキリストです。

3.私たちは一つ
 今回の総会でみなが同じように心を痛めた出来事があります。それは四国の教会の牧師が召されて教会が閉鎖となり、200から一つ欠け、199の群れと減少したことです。この一つの教会の閉鎖が私たち全体の痛みとなったのです。また反対に、一つの喜びもまた全体の喜びとなることも覚えます。

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あすなろ福音キリスト教会 牧師

日本福音キリスト教会連合(JECA)
あすなろ福音キリスト教会 牧師
青森県十和田市生まれ
近畿大学商経学部卒&聖書宣教会(神学本科卒)

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