メリバの水から学ぶ

 これがメリバの水である。イスラエルの子らが主と争った場所であり、主はご自分が聖であることを彼らのうちに示されたのである。民数記20章13節

[聖書]民数記20:1-13
 次週主日の礼拝後に行われる教会総会の前に、先週の通読箇所からとても教えられたことがありました。それは、聖書中、『メリバの水の事件』と言われるほど有名な出来事を通してです。それは、モーセが民の「水がない」と言って、またも不満をぶちまけ、モーセとアロンを吊し上げようと押し迫る群衆の前で、あの柔和で謙遜なモーセが感情的になり、怒りにまかせて手にした杖で岩を二度も打ってしまったのです。このときのモーセのことばが10節です。「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から、われわれがあなたがたのために水を出さなければならないのか。
この「われわれ」とは、モーセとアロンのことです。岩から水が出るようにと命じたのは、8節の主なる神です。彼らは、聖なる神の臨在を怒りの感情で見失ってしまったのです。メリバとは「争う」という意味です。怒りの感情からは神への信頼は生まれません。それは争いのもとです。この章では、姉のミリヤムがカデシュで死に、兄のアロンも123歳で死にます。(33:39)この出来事は、いよいよカナンの地へという直前の出エジプトから40年目のことです。このメリバの事件から学ばせていただきましょう。

1.神の民と言えども
 エジプトの奴隷から解放されたイスラエルの民は、カナンの地を目指して前進するのですが、彼らはその行く先々でモーセとアロンに不平不満をぶちまけ、神を侮り悲しませました。その度にエジプトを懐かしみ、「むしろ死んでいたほうがよっぽどマシだった」とまで言い張るのです。昼は雲の柱、夜は火の柱に導かれ、神の臨在を知っていながらです。ある意味私たちも同じです。

2.主の恵みを数えて知るべきこと
 本日の箇所で、モーセの姉のミリヤムと兄のアロンが亡くなることが記されています。荒野の40年を歩んだモーセの死も近づいています。出エジプトの最初の世代は、神のさばきで死に絶え、新しい世代が約束の地を目前にしているのです。この民数記20章から申命記の終わりまでは出エジプト後の40年目にあった出来事の記述です。

3.聖なる神を信頼して生きること
 先週末、私はこのメリバ事件から多くのことを教えられ、残された人生を如何にあるべきかを考えさせられました。
弱き民に律法を与え、雲の柱、火の柱で導き、40年にわたりマナを与え、水を与え、「着物も履き物も擦り切れることがなかった」(申29:5)というのです。
私たちはこのお方を信頼すべきです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

あすなろ福音キリスト教会 牧師

日本福音キリスト教会連合(JECA)
あすなろ福音キリスト教会 牧師
青森県十和田市生まれ
近畿大学商経学部卒&聖書宣教会(神学本科卒)

コメント

コメントする

目次