キリストにある喜び

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。ピリピ4章4節

[聖書]ルカ15:1〜10 
 昨日は、みなさまから祝福していただき、結婚式を挙げることができました。優子姉は初めての経験であり、私としては、残りの人生に新たな希望が与えられ、あらためて主と主の教会に仕える思いを与えられ、感謝しています。
 私は、朝目覚めると、いつも新しいいのちと、この存在に感謝し、主を讃えて祈ります。22日、結婚式一週間前の土曜日に、私が所属する写真クラブで写真講座が開かれ、ゲストの講師が、講座の中で「存在を切り取り、表現するのが写真である」存在と言うことばを強調し、参加者全員が感動しました。また、先週木曜日の午後、堤長老と、優子姉と私の三人で須藤姉を訪問し、交わりを持ったときも、須藤姉が、「私は存在といのちの尊さをあらためて教えられている」と話していたのに驚かされました。そして、教会の牧師として確認させられたのは、その存在がいかにあり、どこにあるかが最も大切なことだということです。本日の中心聖句は、ピリピ4章4節です。そこには、「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい」と、使徒パウロが念を押すように、命令形で二度繰り返し語っているのを見ることができます。

1.喜びえない状況の中でも
 このパウロの手紙は、「喜びの書簡」とも言われ、この書全体に16回も「喜び、喜べ」と書き記されています。しかし、この手紙を記したパウロの現実は、AD61年頃、キリスト教迫害などで悪名高いローマ皇帝ネロにより、彼はローマの獄中に投獄され、決して喜びえないときに記した手紙です。それゆえ、「獄中書簡」と言われているのです。

 2.私たちの国籍は天にある
 幼い頃から病弱な少年がプロボクサーになり、牧師になるという奇蹟を体験したで私です。イエスさまを信じて、私の人生には180度の方向転換が起きました。今では毎日がクリスマスとイースターのダブル祝宴の連続です。
私たちの国籍は天にある」(3:20)という信仰がその喜びの源泉なのです。

 3.私たちの喜びの源泉
 私の愛唱聖句に「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られたものです」(2コリント5:17)があります。新しいとは、時と共に古くなるという新しさではなく、常にリニューアルされる新しさを意味します。喜びも廃れる喜びではなく、喜びがリニューアルされるのです。それは、キリストにあるなら<if anyone is in Christ>なのです。
これこそ、神からのギフトなのです。

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あすなろ福音キリスト教会 牧師

日本福音キリスト教会連合(JECA)
あすなろ福音キリスト教会 牧師
青森県十和田市生まれ
近畿大学商経学部卒&聖書宣教会(神学本科卒)

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