主を求めよ。お会いできる間に。呼び求めよ。近くにおられるうちに。(イザヤ55:6)
今、私たちの周りは心騒ぐことで溢れています。何が真実なのかを見極めることさえ難しくなっています。ふと気が付けば、自分も偽りの中にどっぷり浸って、その中でもがき苦しんでいるのです。冒頭の聖句は、預言者イザヤがバビロン捕囚(BC586)という南ユダの危機的状況の中で、目を覚まして神に立ち返るようにと叫んだことばです。
新約聖書のヤコブの手紙でも「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。」(4:8)とあります。預言者のことばはこう続きます。「主に帰れ。そうすれば主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。」(v.7)。私たち人間は、天地万物を創造された神によって存在しています。人の手によって作られた神々によるのではありません。私たちがこの真の神に立ち返るときに、神は私たちを回復させてくださり、平安と祝福をお与えくださるのです。
*「アントニオ」とはラテン語で大変貴重なものという意味 (2024.11.28)
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