“ 顔が、水に映る顔と同じであるように、人の心は、その人に映る。”
これは、箴言27章19節のことばです。「心」、それは、私たちの感情の倉であり、喜怒哀楽がストックされています。
また私たちの性格も、その人の心をあらわしていると言えるでしょう。私が友人牧師から教えられ,感銘を受けたある牧師の詩をご紹介します。タイトルは『心と顔』です。
“心が外にあらわれて顔 顔が内にはいって心 あたたかい心がやさしい顔 つめたい顔がけわしい心 どこにいても心と顔は一つ ”
聖書は、心は自我の座であると同時に、サタンの座にもなり、またキリストの聖霊の座ともなることを教えています。つまり私たちの心が何によって導かれ、支配されているかが大事になるのです。私が大好きな聖句に、「いつも喜び、絶えず祈り、すべての事に感謝せよ」(第一テサロニケ15:16-18)があります。毎日、朝目覚めると感謝と喜びに心が溢れているのを覚えます。それは、いつもキリストが心にいてくださるからなのです。
*「アントニオ」とはラテン語で大変貴重なものという意味 (2024.8.22)
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