「むちと叱責は知恵を得させる。わがままにさせた子は、母に恥を見させる。」(箴言29:15)
小さなわがままが成長し、大きくなると高慢になり、争いや悲惨を引き起こすまでに至ります。しかし、主イエスを信じる信仰は、「からし種ほどの小さな信仰でも、山に向かって『ここからあそこに移れ』といえば移るのです。」(マタイ17:20)と、大きな力になることを、主は弟子たちに教えられました。子供の救いの聖歌の20番に『うるわしき朝も』があります。2番目の歌詞に、「わがままを捨てて人々を愛し、この日の務めをなさしめたまえや」とあります。
聖書はまた、「心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」(エペソ4:32)と教えています。わがままを捨てて、赦す愛の心こそが、平和をつくる出発点なのです。小さなわがままは大人の私たちにとっても大敵であることをあらためて確認し、素直な心で主とともに歩みたいと願います。
*「アントニオ」とはラテン語で大変貴重なものという意味 (2024.5.16)
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