特別な請願を主の前に

 主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。民数記6章24-26節

[聖書]民数記6:21-27
 新年もあっという間に三週目に入りました。昨年度は、『自らを献げる信仰』というテーマで、ロマ書12章1節の聖句を掲げて歩ませていただきました。の前に自らを献げるとは、教会用語では「献身」と言って、ある意味、それなりの覚悟が必要なことです。私は今から四十年前に生涯キリストにお仕えすることを決断し、大阪の会社を辞めて家族四人で東京の神学校に入学しました。その時から私の献身は家族全員の献身として主と教会に仕えてまいりました。私の主への献身は、これからも続けてまいります。新年から私たちは民数記を通読していますが、昨日の民数記6章は、神の民イスラエルの中から、自らを主のものとして身を聖別するために特別な誓いをして請願を立てるナジル人について記してあります。その請願はぶどう酒や強い酒を断ち、ぶどうの木から生じたものを一切食べず、頭にカミソリを当てないというのです。彼はナジル人としての期間は自らを主のものとしてささげていたのです。私たちも神の恵みによって聖なる者とされたのですから、自らを聖い生きた供え物として献げるべきなのです。

1.主を中心に私ができることを
 民数記は文字通り、「民を数えて記す」(Numbers)という意味で、神がモーセに命じて行われた2度にわたる人口調査の記事が中心です。出エジプトの民が荒野において神を中心に東西南北に分かれ部族ごとに天幕を張って生活するのです。そこには神を中心とした先導、秩序、配慮、励まし等、全体の統制が必要なことは言うまでもありません。

2.主に用いていただくために
 旧約においてナジル人として有名なのは、怪力サムソンと母ハンナによって請願を立てられたサムエルでした。神殿におけるハンナの祈りは有名です。「このはしために男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします」と言って祭司エリにその子を託すのです。

3.主の祝福があなたに
 本日の主題聖句は、牧師が礼拝のたびに祝祷をもって祈る民数記の箇所です。約束の地に向かうイスラエルの民は、神を中心に部族ごとに隊列を組んで移動しました。そこには、モーセとレビ人を間に入れて、それぞれが役割を担いつつ前進したのです。私たちの中心はキリストです。主が私たちの祝福の源なのです。 

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あすなろ福音キリスト教会 牧師

日本福音キリスト教会連合(JECA)
あすなろ福音キリスト教会 牧師
青森県十和田市生まれ
近畿大学商経学部卒&聖書宣教会(神学本科卒)

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